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2008年10月28日  「インフル」世界流行の不気味

 インフルエンザウイルスが今、世界中で不気味な「変異」を続けている。治療に使われる抗ウイルス薬「タミフル」が効かないウイルスが、鳥取県で高頻度で見つかった。ただ、これは氷山の一角。この「タミフル耐性ウイルス」は、世界各地で急増しているのだ。パンデミック(大流行)が懸念される「新型」をめぐっても、不可解な「変異」が確認された。いったい、世界で何が起ころうとしているのか。
本誌 滝沢 聡
インフルエンザウイルスが今、世界規模で不気味な変異を続けている(写真と本文は関係ありません)=川口武博 撮影
 「なぜ鳥取県でタミフル耐性株が多かったのか、その理由はまだわかりません。ただこの冬、耐性株が日本中で増える恐れはあり、継続的な監視が必要です」

 国立感染症研究所の小田切孝人・インフルエンザウイルス室長は、こう警告する。

 同研究所では、昨冬の通常のインフルエンザ流行シーズンを対象に、全国の地方衛生研究所から送られてきたAソ連型ウイルス(H1N1型)1713株について、タミフル耐性株かどうかの緊急調査を実施。その結果、全体の2・6%にあたる44株が耐性株だったのだが、鳥取県だけはなぜか32%と耐性株の割合が特に高かったのだ。

 この緊急調査が行われた背景には、世界中でタミフル耐性ウイルスの報告が急増しており、世界保健機関(WHO)などが国際監視体制を強めているという事情がある。

 耐性株は昨年11月以降、欧州などで、高頻度で発見されている。WHOの調査によると、昨年10月から今年10月までの期間中、耐性株の割合はノルウェーで67%、ロシアで45%にものぼり、欧州全体でも25%を記録した。

新型でも変異?
 さらに不気味なのは、耐性株がその後、世界中で急増していることだ。南半球が流行シーズンとなる今年6月から9月下旬にかけては、耐性株の割合が南アフリカで100%、オーストラリアで80%など、流行が明らかに全世界に拡大していることが判明した。世界全体でみると、今年3月以前は16%だったのが、1年もたたずに39%にまで急増している。

 なぜ今、耐性ウイルスが世界中に広まっているのか。その理由はいまだに謎のままだ。

 インフルエンザウイルスはそもそも、遺伝子の変異が激しいことが知られる。このため、特定の治療薬が頻繁に使われれば、その薬に対して、ウイルスが耐性を持ってしまうことは考えられる。

 ところが、ここ1年のタミフル耐性ウイルスの拡大は、この原則があてはまらないという。

 「耐性ウイルスが広まった欧州などでは、治療にタミフルはほとんど使われていない。その反面、世界で生産されるタミフルの7割を消費する日本では、耐性株の割合は低いのです」(小田切室長)

 つまり、タミフルの〓乱用〓が原因ではなく、世界で自然発生的に耐性ウイルスが広まっていると考えられるのだ。なぜ、こうした事が起こるのか、今も全くわかっていない。

 インフルエンザをめぐる謎は、まだある。

 ここまでは、通常のインフルエンザについてのものだ。今、世界中の政府が危機感を強めているのが、ヒトへの感染力が強い新型インフルエンザであり、その出現は時間の問題とも言われている。この新型に変異する可能性が最も高いとみられているのが、ヒトにも感染し実際に被害を出している高病原性鳥インフルエンザウイルス(H5N1型)だ。


インフルエンザの特効薬として知られる「タミフル」の錠剤。「新型」にも効果があるといわれるのだが……
「タミフルだけ」の危うさ
 はたして偶然なのか、奇妙な現象が起こっている。最近になって、鳥インフルであるH5N1型でも、タミフル耐性ウイルスが報告されたのだ。

 英科学雑誌「ネイチャー」オンライン版に今年5月に掲載された論文によると、鳥インフルに感染した患者から分離されたH5N1型ウイルスが、タミフル耐性に変異していたことがわかった。外資系大手製薬メーカー「グラクソ・スミスクライン」マーケティング本部の森本一路氏が、詳細を説明する。

 「奇妙なのは、タミフル耐性を示したH5N1型ウイルスの分子レベルの変異メカニズムが、通常のインフルであるH1N1型ウイルスにみられる変異と、全く同じなのです。なぜ違うウイルスで、同じメカニズムの変異を起こしたのかは不明」

 前出の小田切室長も、

 「タミフル耐性のH1N1型が影響して、H5N1型もタミフル耐性となることは考えられない」

 と指摘する。では、同じメカニズムの変異がなぜ、ほぼ同時期に見つかったのか。その理由も、大きな謎だ。

 現時点では、H5N1型でもタミフル耐性ウイルスが世界中に拡大してしまうのか否か、全く予想がつかない。しかし仮に、H5N1型でタミフル耐性が進めば、来るべき対「新型」戦略上、大問題となる。

 パンデミックに備え、WHOでは新型治療の切り札として、国単位、地域単位でのタミフル備蓄を訴えている。日本政府の対策でも、パンデミックの際には抗ウイルス薬とワクチンを使って新型と戦う、というのが基本戦略だ。抗ウイルス薬として備蓄しているのが、2800万人分のタミフル。同じ抗ウイルス薬で、タミフル耐性ウイルスにも効果がある「リレンザ」は、135万人分にとどまる。

 仮に新型に対してタミフルが効かない場合、パンデミックによる人的被害はどれほどになるのだろうか。ちなみに、タミフルが新型に対して有効であるという現時点の推定でも、国内で最大64万人が死亡すると、政府は予測している。

 新潟大学の鈴木宏教授(公衆衛生学)は、現在の新型対策の欠陥を指摘する。

 「単一の抗ウイルス薬だけでは、ウイルスに耐性が出るのは過去の経験からもわかっています。なのに、新型対策をほとんどタミフル一本で進めるのは、薬剤のリスク管理上、大きな誤りなのです。リレンザなど他の薬の備蓄を増やすなど、政府の対策には変更が必要」

 研究者がこぞって危機感を抱くのは、ウイルスが持つ「賢さ」だ。不気味な変異を続けるウイルスを相手に、人類の知恵が試されている。[Click]

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