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2012年07月14日 抗がん剤副作用被害の救済制度は見送り 厚労省検討会「結論出せる段階にない」
医薬品による副作用被害救済制度
サリドマイド訴訟やスモン訴訟など相次ぐ薬害問題を受け、医薬品の適正な使用で起きる重い副作用被害の迅速な救済を目的に1980年にできた国の制度。製薬企業の拠出金を財源とし、医療費や障害年金のほか、亡くなった場合は遺族年金などを支給する。医療機関が処方する薬や薬局で購入できる市販薬も対象だが、抗がん剤は、相当の頻度で重い副作用被害が発生することを患者が納得した上で使用されるため除外されている。
(2012年7月14日掲載)
制度創設の道険し 抗がん剤副作用 救済見送り 被害との関連 判断困難 「投与ためらう」懸念も
厚生労働省の検討会は13日、抗がん剤による副作用被害救済制度の創設見送りで大筋合意した。民主党政権はイレッサ訴訟の和解を拒否した際、制度創設の検討を表明していただけに、政治主導の看板倒れは否めない。期待を持たされ、肩透かしを食らった形の原告側は「約束ほごだ」と反発を強めている。
「国が自ら検討を尽くすと表明したのに…」
肺がん治療薬イレッサの東日本訴訟弁護団事務局長の阿部哲二弁護士は、この日の検討会終了後の記者会見で憤った。
同訴訟で昨年1月、東京、大阪両地裁は和解を勧告した。ところが政府は「国の対応に違法性はない」と拒否。一方で当時の細川律夫厚労相は、原告側が強く要望してきた副作用救済制度に言及し「国として国民の合意を得るべく、十分検討を尽くす」と力説していた。
「抗がん剤は一般の医薬品とは全く事情が違うのに、無責任な政治主導で検討が始まった」と厚労省幹部は振り返る。
一般に抗がん剤は、重い副作用があることを患者も承知の上で使われる。厚労省内では「救済制度になじまない」と否定的な意見が多数で、当時の菅直人政権が和解拒否による世論の批判をかわすために検討を持ち出したとの見方が根強い。
▼反発、懸念、疑問
昨年6月に始まった厚労省の検討会は、異例の展開をたどった。
「救済の対象外のケースでは訴訟リスクが高まり、医師が抗がん剤の投与をためらう」「費用が膨大になる」。委員の医師や弁護士らは否定的な意見を次々と述べた。
現行の医薬品による副作用被害救済制度で資金を拠出している製薬企業は「誰が負担するのか」と反発。がん患者の支援団体も「医療界が萎縮し、製薬会社が新薬の開発をためらえば、患者は希望する医療を受けられなくなる」と懸念を表明した。
13日の検討会では、イレッサ訴訟の弁護団が、入院の必要な重い健康被害と死亡だけを救済するとの試案を説明したが、委員からは「病状が悪化したケースと区別が難しい」と疑問の声が出た。
日本のがん対策の遅れという根本的な課題も浮かび上がった。
国内では、がん患者の治療方法や治療後の経過などの情報を自治体や病院が収集・分析する「がん登録」の整備が進んでいない。ようやく本年度中に全都道府県でスタートする予定だが、集計や調査の方法にばらつきがあり、精度は高くない。
このため抗がん剤の使用者数や副作用の発生頻度は、国も正確には把握できていない。厚労省幹部は「統計データがないのに何を根拠に判断するのか。そもそも議論を始める段階ではなかった」と打ち明ける。
▼再検討に余地?
検討会の最終報告書原案は「現時点では制度の導入は結論が出せる段階にない」。委員からは将来の再検討を求める意見もあり、創設の道が完全に断たれたわけではないともいえる。
次女を31歳で亡くした原告の近沢昭雄さん(68)は「原告が逆転敗訴した東京、大阪両高裁判決後、検討会委員が『制度創設に世論はまだ理解を示していない』と思うようになったのではないか」と指摘。
その上で「異論が出ることは予想できたはず。政治主導で始まった検討会なのだから、厚労相にはもっとリーダーシップを発揮してほしかった。何とか議論を続けることはできないのか」と話す。