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2011年05月26日 薬物の脳内移行性は年齢で異なることを霊長類(アカゲザル)で確認

◇ポイント◇
体内に投与された薬物は、幼少期の個体では脳に移行・蓄積しやすい
タミフルの脳内への取り込みを霊長類での分子イメージングで初めて確認
個人によって異なる薬物の副作用の解明や回避に期待
独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、血中の異物や薬物から脳を守る機能は個体の成熟とともに発達し、幼少期には脳に取り込まれやすい薬物が存在することを世界で初めて霊長類(アカゲザル)で確認しました。これは、理研分子イメージング科学研究センター(渡辺恭良センター長)分子プローブ動態応用研究チーム〓島忠之研究員と、同分子プローブ機能評価研究チーム尾上浩隆チームリーダー、および東京大学大学院薬学系研究科との共同研究の成果です。

脳組織と血液の間に存在する血液脳関門※1では、P糖タンパク質※2などの薬物輸送分子(薬物トランスポーター※3)が脳から血液へさまざまな物質をくみ出し、脳機能の恒常性の維持に重要な役割を果たしています。P糖タンパク質は異物から脳を守る働きがありますが、げっ歯類(ラット)を用いた実験から、その発現量は幼少期の個体では成体と比べて低いことが確認されています。しかし、個体の発達に伴うP糖タンパク質の機能の変化を詳細に解析した例はこれまでありませんでした。

研究グループは、P糖タンパク質の輸送を受ける薬剤ベラパミル(verapamil)※4の脳内移行性を調べるため、放射性核種である炭素11(11C)を組み込んだPET(陽電子放射断層画像撮影法)※5プローブ R-[11C]verapamilを作製しました。このプローブをアカゲザルに静脈注射し、脳内移行性をPET解析した結果、幼少期のサルでは、成熟したサルと比べて2.3倍、脳への取り込み速度が高いことが分かりました。次に、未成年者に異常行動を起こす副作用が指摘されている抗インフルエンザ薬オセルタミビル(oseltamivir:商品名タミフル)について同様にPET解析したところ、やはり幼少期のサルでは成熟したサルよりも約1.3倍速く脳へ取り込まれることが分かりました。この結果は、年齢による副作用の現れ方の違いに、脳内移行性の差が関わっている可能性を示しています。研究グループは今回の手法をヒトに応用し、さまざまな薬剤の脳内移行性を検証する予定です。これにより、副作用の原因の解明や副作用が起きる可能性を予測できることが期待できます。

本研究成果は、米国の科学雑誌『The Journal of Nuclear Medicine』(6月号)に掲載されるのに先立ち、オンライン版(5月13日付け:日本時間5月13日)に掲載されました。

背景

薬物動態研究は、体内に取り込まれた薬の動きを調べ、最適な薬の飲み方や副作用の少ない“患者にやさしい薬剤”の実現を目指す重要な創薬研究分野の1つです。薬の動きや薬効、副作用は個人差を示す場合があり、近年、各個人に応じた薬の飲み方を設計する医療の考え方が進んできています。

ヒトに投与した薬物の効果や副作用については、これまで主に血液や尿中の薬物濃度の測定によって評価されてきましたが、薬剤の全身組織への分布などを直接解析することは実現できていませんでした。分子イメージング※6技術の1つであるPETによる観察は、生体内での薬物量や位置情報を非侵襲的に直接捉えることができるため、薬物動態研究の分野で非常に注目されています。

体内での薬物の輸送には、「薬物トランスポーター」と呼ばれるタンパク質群が関与しています。その機能は、遺伝子多型、病態、薬物相互作用などで変化し、薬効のバラツキや副作用発現の一因になっていると考えられています。

薬物トランスポーターの1つであるP糖タンパク質は、多くの薬物や異物の輸送に関わり、血液脳関門では脳に入ってくる物質を血中に戻すことで異物から脳を守っています。しかし幼少期の血液脳関門は、P糖タンパク質の発現量が成体と比べて少ないことがラットなどのげっ歯類で確認されており、ヒトでも成人前の血液脳関門の機能が未熟であることが指摘されています。このことは、薬剤や環境物質の脳に対するリスクが、成人と子どもで大きく異なる可能性を示しています。しかし、個体の発達に伴うP糖タンパク質の機能変化を詳細に解析した例はこれまでありませんでした。

研究グループは、ヒトと同じ霊長類のアカゲザルを用いて、P糖タンパク質で輸送される薬物の分子イメージングを行い、この薬物の脳内移行性が年齢によってどのように異なるかを調べました。さらに、未成年で異常行動を起こす副作用が指摘されている抗インフルエンザ薬タミフルについても、同じ方法を使って年齢の影響を調べました※7。

研究手法と成果

研究グループは、P糖タンパク質に輸送されることが既に分かっている薬剤ベラパミル(verapamil)に、放射性核種である炭素11(11C)を組み込んだPETプローブ R-[11C] verapamilを作製しました。これを幼少期(9月齢)、青年期(24〜27月齢)、及び成熟期(5.5〜6.8年齢)のアカゲザルにそれぞれ静脈注射してPET解析を行った結果、[11C]verapamilの脳内濃度は、幼少期のサルでは成熟したサルと比べて、投与2分後に最大で4.1倍高いことが判明しました(図1)。同様に、タミフルをPETプローブ化した[11C]oseltamivirを用いたPET解析でも、その脳内移行性は幼少期のサルで成熟したサルの2.5倍と高くなっていました(図1)。

さらに、各齢個体で薬剤が脳に取り込まれる速度を詳細に解析して比較すると、幼少期のサルでは、 R-[11C]verapamilで約2.3倍、[11C]oseltamivirで約1.3倍、程度は小さいものの、成熟したサルより薬剤の脳への取り込み速度が大きいことが分かりました(図2)。なお青年期のサルにおいても、R-[11C]verapamilでは約1.4倍、 [11C]oseltamivirでは約1.3倍と、成熟したサルよりも薬剤の脳への取り込み速度が大きく、その程度は幼少期とほぼ同程度かそれ以下であることが分かりました。

今後の期待

体内に取り込まれた薬剤の動きは小動物とヒトとの間で大きな種差があるため、動物実験の結果が必ずしもヒトに応用できない場合があります。タミフルの脳内移行性については、これまで成熟マウスで調べられたことがありますが、脳内濃度が検出限界を下回っていたため詳しく分かっていませんでした。今回、アカゲザルを用いて脳内移行性に関わる薬物トランスポーターの機能を解析できたことにより、ヒトに近い霊長類での薬物動態研究の進展が期待できます。

また、この方法論をヒトのPET検査に応用できれば、さまざまな薬剤の脳内移行性をヒトで直接調べることが可能となります。分子イメージング科学研究センターはGMP※8に適合するPET薬剤合成設備を有しており、理研で開発したPETプローブを速やかにヒトで検証できる体制を整えています。研究グループは今後、さまざまな薬剤のヒトでのPET検査を計画しており、新しい薬の開発や個人に最適な副作用の少ない処方の実現に向けた研究を進めていきます。

理化学研究所

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