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2010年03月02日 下水は何でも知っている 排せつから環境に広がる化学物質 環境学者=石弘之

最近、体調を崩して病院で診てもらったら、いくつかの病名が告げられて、ショッピング袋いっぱいほどの薬を処方された。はて、この薬を全部飲みきる人はいるのだろうか。これだけの薬が体外に排せつされたら、その後どうなるのだろう。と、気になっていたら、新型インフルエンザの薬であるタミフルが、河川が汚染しているというニュースが流れた。服用された薬は体内から下水を通って、河川や海の化学物質汚染を引き起こしているらしい。

○タミフル汚染
 日本は全世界で使用されるタミフルの7割を使っているといわれるほどのタミフル大消費国だ。今年(2010年)1月に季節性インフルエンザが流行したときに、京都大学流域圏総合環境質研究センターの田中宏明教授らが京都府内3カ所の下水処理場で実施した調査では、処理後の下水や川からタミフルの代謝産物が検出された。流行期間が始まる前に採取されたサンプルからはまったく検出されなかった。

 ただ、濃度は1Lあたり293.3ng(ナノグラム=10億分の1グラム)で、川の水では6.6〜190ngの範囲だった。人体や生態系に影響をおよぼす濃度ではないという。しかし、この分析から現在の汚水処理技術ではタミフルを完全に除去できないことがわかった。

 タミフルが河川に入り込む経路でもっとも考えられるのは、排せつ物や飲み残した薬をトイレに投棄したケースだろう。インフルエンザはもともと、カモなどの水鳥の持っているウイルスが、突然変異を起こして人に感染するようになったものだ。

 水鳥が川や池で水中のタミフルに接触すると、体内でタミフルに対して抵抗性のあるウイルスが生まれる可能性が指摘されている。水鳥は一般に、下水処理場から流入する水温の高い水を好む傾向があるといわれる。

○避妊薬から汚染が明るみに
 医薬品が水質汚染の原因になっているのではないか、とする心配はかなり以前からあった。90年代に、ロンドンを流れるテムズ川でオス・メス双方の生殖器を持つ魚が釣れるようになった。とくに下水の流れ込む場所では、4割の魚が両性具有だった。

 英国ブルーネル大学などの研究者の調査では、女性が服用した経口避妊薬に含まれる合成エストロゲンが、オスの魚をメス化してしまった疑いが強まった。川沿いでは推定300万人の女性が避妊用ピルを常用し、排せつ物に含まれるホルモン剤の合成エストロゲンが下水処理場をすり抜けて川に流れ込み、水生生物に影響を与えるという意外な展開になった。おまけに、魚の異常が多く発見された一帯では、ほかの地域に比べて男性不妊症の割合も高いとする、疫学結果も発表された(否定する調査もある)。

 この調査で、合成エストロゲンは1Lあたり0.1ngの極微量でも魚類のメス化をもたらすことがわかり、大きな衝撃を与えた。英国では、流域管理計画を再検討してエストロゲンで汚染されている水域を洗い出し、下水処理場で除去する技術の開発を進めている。

 これまで化学物質の生態系への影響は、農薬や工業製品が議論の対象だった。だが、生活排水に含まれる医薬品も、汚染物質として考えねばならないことがこの汚染は物語っていた。

 90年代後半から世界的に人や野生生物の内分泌系を撹乱させるさまざまな化学物質の存在が明らかにされてきた。人から排せつされる天然エストロゲンや合成エストロゲンだけでなく、プラスチック原料のノニルフェノールやビスフェノールAのような化合物も同じ働きあることがわかってきた。「エストロゲン類似物質」(環境ホルモン)と呼ばれて大騒ぎになったのは記憶に新しい。

 「男性の精子の数が大幅に減っている」「生殖器のがんが増えている」といったニュースが世界を駆け巡った。日本でも河川や沿岸部で両性のコイや貝類が発見されたとして、テレビや新聞に大きく取り上げられた。

 米国フロリダ州でも湖に棲むワニの卵のふ化率が激減して、正常の4分の1ほどにペニスが短小化したオスが多数見つかった。湖水やワニの体内からは、エストロゲンと似た働きをするDDEが検出された。DDEは、現在使用禁止になっている農薬・殺虫剤、DDTの分解物質で、70年代に蚊の駆除のために湖周辺で大量に散布されたものが、湖に流入して残存していたものとみられる。

○深刻な抗生物質耐性菌の増殖
 私たちが飲んだ薬、つまり「化学物質」は、あるものは体内で吸収されて分解され、一部が吸収されないまま排せつされる。最終的にはトイレから下水を経て、河川や海へと運ばれていく。

 これまで田中教授のグループ以外にも、横浜国立大学や東京都健康安全研究センターなどによって、河川の医薬品汚染の実態調査が進められ、汚染の状況が少しずつ明らかになってきた。ただ、調査対象の医薬品の種類や地域が限られている。サンプルの対象も主に河川水、下水処理水、畜産排水に限定されており、環境中の医薬品汚染の全容はほとんどわかっていない。

 やはり、長期間使用されることの多い医薬品が検出される頻度が高い。解熱・鎮痛剤のイブプロフェン、メフェナム酸、ジクロフェナクナトリウム、抗てんかん剤のカルバマゼピン。さらには、強心剤、消化性潰瘍用剤、高脂血症剤、抗不整脈剤、抗炎症剤、胃酸抑制剤などの成分や代謝物が検出されている。

 欧米では、日焼け止めなどボディケア製品に使われる化学物質が、河川や下水処理水に広く存在するとして問題にされている。だが、環境中のこれらの医薬品の濃度は、1Lあたり数〜数百ngときわめて低い。

 なかでも、近年は抗生物質による環境汚染が世界的に大きな問題になっている。抗生物質は人間だけでなく、畜産や養殖の分野でも人と成分の共通する抗生物質が大量に使用されている。全抗生物質の7割以上が畜産に使われている、という米国の調査もある。畜産排水や養殖池を通して、ほかの医薬品と同じように水環境を汚染している。

 病院内でときとして集団発生して多くの死者を出すMRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)のように、多くの抗生物質に耐性を持つ多剤耐性菌が深刻な問題になっている。米国疾病管理予防センター(CDC)の報告では、米国内でMRSAの死者は年間1万8000人におよびエイズの死亡者を抜いたという。

 抗生物質の水質汚染で、水を通して感染する細菌が環境中で耐性を獲得することが警戒されている。米ミシガン大学の研究チームが、下水から分離した366種のアシネトバクター属の細菌に対して、クロラムフェニコールなど通常使用される6種の抗生物質の耐性を調べた。その結果、検査場所によって28〜72%の種類の細菌が、複数の抗生物質に耐性を示した。

 この細菌の仲間は病原性の低いものが多いが、自然界では強毒性の病原菌でもこうした耐性が増えている可能性がある。肺炎にかかって抗生物質を処方されたが、原因菌の肺炎球菌が知らない間に耐性を獲得していてほとんど薬が効かなかった、という例も報告されている。

 耐性の遺伝子はほかの細菌にも伝達されていくので、環境中にかなり広がっている可能性がある。病気を克服するはずの抗生物質が新たな病気をつくりだす、という皮肉な結果になっている。

○下水はなんでも知っている
 医薬品は本来、人体や病原体に対して何らかの生理作用を起こすことが目的だ。人体に対する薬効や毒性や副作用は、承認時に義務づけられたさまざまな試験によってかなりのことがわかっている。環境中から検出された医薬品の濃度は、一般的に人が治療で服用する量の約10万〜100万分の1であり、直接の健康影響はほとんどないとされる。厚生労働省も「現時点では直ちに対応が必要な濃度ではない」としている。

 しかし、こうした医薬物質が下水処理施設でどの程度除去され、自然界でどれだけ分解されるかは、これまでほとんど研究されてこなかった。とくに問題なのは、河川や海洋に生息する生物への影響である。水に棲む生物は低濃度であっても長期間にさらされることが多い。

 環境省は環境中に排出された医薬品が生態系に影響を及ぼす可能性があるとして、河川や大気中の化学物質を調べる「化学物質環境実態調査」の対象に、2006年度から新たに医薬品成分を加えた。

 経済協力開発機構(OECD)の一昨年の環境保全成果報告では、「日本の化学物質管理政策は、人の健康保護と同程度に生態系の保全が図られているとは言えない」として、「規制範囲の強化」が勧告された。環境省などは「化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律(化審法)」を改正し、動植物への影響に対する審査・規制制度を導入した。たが、医薬品のみの目的で使われる化学物質については、薬事法との二重規制を避けるために化審法の適用外になっている。

 下水調査が役に立つこともある。ミラノにあるマリオネグリ薬理学研究所の研究者は、イタリアの4つの都市の川や下水を分析して、地域の麻薬の使用状況を調査している。いわば「集団尿検査」である。流域に約540万人が住むイタリア最長のポー川の水質分析から、年間1500kgのコカインが使用され、末端価格にして15億ドルになると推定している。これは麻薬取締当局の推定を大きく上回るものだった。

 米国ではオレゴン州やワシントン州の麻薬取締局が、この方法で地域に出回っている麻薬の量や種類を調査する試みをしている。この方法は、集合住宅や個別住居などの下水を分析すれば、エストロゲンの比で男女数や居住者が使用している医薬品なども突き止められるという。いずれ、家庭の下水が「個人情報」として保護される時代がくるかもしれない。2010年03月02日



日経BP社

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