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2008年01月08日 社説 インフルエンザ―敵の正体を知り備えよう
2008年01月04日(金曜日) 朝日新聞
インフルエンザが猛威をふるっている。年が明け、さらに広がる気配だ。
今回の流行の中心は「Aソ連型」と呼ばれるウイルスで、冷戦さなかの1977年に現れた種類だ。その名のもとになった国が消えたいまも、しぶとく生き残っている。
といっても、「生き残った」という表現は、正確ではないかもしれない。
「私は、ウイルスを生物であるとは定義しない」。40万部を超え、科学書としては異例のベストセラーになっている「生物と無生物のあいだ」で、福岡伸一青山学院大教授はそう書いている。
「生物ではなく、限りなく物質に近い存在」なのだという。生きていないのだから、殺すことはできない。
なんだか拍子抜けするような話である。ウイルスとはいったい何か。まず敵の正体を知っておくことが大切だ。
同じ病原体の仲間である細菌と比べると、その違いがはっきりする。
細菌は、外から物を取り込んでエネルギーを生みながら生きている。単細胞とはいえ、生命活動を営んでいるから、抗生物質で殺すことができる。
ウイルスはDNAなどの遺伝物質がたんぱく質の殻をかぶっただけのもので、生命活動は一切ない。細菌は形や大きさがさまざまなのに、ウイルスは同じ種類なら全く同じだ。まさにモノである。
単なるモノと違うのは増えていくことだ。ただ、細菌と違って自分で増える力がないので、特定の細胞に入り込んで乗っ取り、作らせる。乗っ取られた細胞は機能が損なわれて病気になる。
では、乗っ取りをどう防ぐか。頼りは、からだに免疫を与えるワクチンだ。ワクチンはいわば、おとりを大量に作り出す。それがウイルスをおびき寄せ、ねらわれた細胞を守る。
ところが、インフルエンザのウイルスは次々に変化し、ワクチンが仕掛けたわなをかいくぐろうとするから厄介だ。
そこで大切なのは、人ごみを避け、よく手を洗うなどの基本動作によって、ウイルスを体の中に入れないことだ。ウイルスに入られたら、対抗するには体力をつけることが欠かせない。
せきが出る人にはマスクをしてもらいたい。これはウイルスを他人にまき散らさないため守るべき作法だ。
インフルエンザの薬であるタミフルは、細胞で作られたウイルスが外に飛び出すのをじゃまする。異常行動を招く疑いが消えず、10代には使えないことになっているが、10代なら、薬に頼らずに治す体力があるはずだ。
自然界には、膨大な数のウイルスがいる。薬害が問題になったC型肝炎ウイルスは20年前に見つかった。今も、毎年のように新顔が人間の世界に飛び込んできて、病気を起こしている。
ウイルスと人類の戦いに、おそらく終わりはない。正体を知ったうえで、インフルエンザにも備えたい。